サステナブルコーヒー推進派としては、カップ一杯のコーヒーになるまでの長~い道のり〈Seed to Cup(シードトゥカップ)〉を知ることも大切です。
コーヒーは、生産から食卓にあがるまで、実に多くの人が携わり、長い期間を要し、様々な要素が組み合わさって出来上がります。だから厳密にいえば同じカップはないわけで、まさに「奇跡の一杯」となります。
「コーヒーの味はかけ算」なんて言われますが、各工程をひとつずつ掛け合わせたものの最後の積となって現れます。だから、一度でもどこかの工程が適切でない処理がされた場合、つまりx0が出てしまうと良いカップにはならないということになります。
コーヒーの味を最も左右する要素は、「生豆の品質」と「焙煎」が大きいと言われます。特に、「生豆の品質」には、生産現場の自然環境、生産者の努力や生産管理、流通過程における輸送・保管などが関係します。
今回は、「1杯のコーヒーができるまで」の第一回目のテーマとして、〈種まきから収穫までの栽培工程〉について書いてみたいと思います。海外で作られて日本にやってくるコーヒーの生産・流通には、さまざまな工程(とドラマ?)があるので、数回に分けて紹介します。
今回の記事は、わたしが交流してきたコロンビアの小規模農家さんや関係者から実際に見聞きしたことを基にして書いています。なので国や地域によって、また大規模農家さんの工程や処理法、などとは異なることもありますので予めご了承くださいね。
また、実際に現地で撮影した写真をそのまま掲載しています。日本にいると、産地や各工程を見ることはなかなかできないので、視覚的にも楽しんで頂ければ幸いです!
この記事に関心があると思われる人 ✓コーヒーがどう生産されているか知りたい人 ✓コーヒーを売っている人 ✓コロンビアコーヒーに興味のある人 ✓これからコーヒー農園に行く人、行きたい人 ✓生産者の顔が見える農産品に関心がある人 |
コーヒーの生育条件
コーヒーの木(植物学的には、「アカネ科コフィア族のコーヒーノキ」といいます)は、育てるのが非常に難しい植物です。以前の記事でも書きましたが、赤道を中心に、北緯25度~南緯25度の間(コーヒーベルト)でしか基本的には栽培ができません。
その地域においても、日射量、温度、降雨量、土壌などの諸条件が揃わないとうまく栽培できません。言い換えると、各条件の組み合わせによって、コーヒー豆の特性や品質・収量が決まってきます。
①日射量
コーヒーの木は日光を好みますが、日当たりが常時強すぎると生育が悪化する陰性の植物です。
そのため産地では、コーヒーの木のそばに少し背の高い木を植えて、日差しを和らげるなど管理が必要です。この日陰を作る背の高い木のことを「シェードツリー」と呼び、高木の原生林であったり、バナナの木であったりします。
コロンビアでは、年間1,600-1,800時間程度の日照量が適切とされています。農園差はありますが、栽培面積の4~6割くらいはシェードツリーが混植されてカバーしている感じでした。
②温度
コーヒーの木は、暑いところ、寒いところは苦手です。生育に適しているのは、年平均20℃ほどの地域です。農園を訪れると避暑地のような過ごしやすい温度であることが多いので、滞在は快適です(ファームステイ、超おすすめします!)。
一般的には高地で収穫された豆ほどフレーバーの質が優れると言われています。標高の高いところでは、低いところに比べ、朝晩の温度差が大きくなるという一日の中での温度変化が深く関係しています。
特に、日中と夜間の寒暖の差がコーヒーの味に影響します。コーヒーは、大きな温度変化(ストレス)にさらされると、体を守ろうとぎゅっと実を引き締めます(豆の硬質化)。これによって糖分の生成を促します。生豆に含まれる糖分の一部は、焙煎時に酸味や香り成分と変化していきます。
コロンビアの場合、海抜標高1200m~2200mくらいまでが栽培可能と言われていますが、1800m以上から種子も固くなり、良いコーヒー特性がはっきり表れてきます。農家泊の場合、日中、晴れていると20度を少し超えて汗ばむ感じでしたが、夜は結構冷え込んでいて10℃弱くらいでした。
③降雨量
コーヒーの木の生育に必要な降雨量は年間約1800mm~2500mmと言われています。東京の年間平均が1600㎜程度なので、それよりやや多いくらいの量ですが、それ以上に重要なのは、雨の降り方。
成長期にまとまった雨が多く降り(特に実が肥大化する時期)、収穫期には乾燥する、つまり雨季と乾季がはっきり分かれている必要があります。
最近は気候変動の影響もあり、雨季と乾期の区別があいまいになってきています。それ故、生産者からは、「年中収穫できてしまい、全体の収量は落ちてる・・・」という話をよく伺います。
④土壌
土質は肥沃で水はけが良いことが必要です。また、弱酸性の土壌が、コーヒーの木の生育には良いようです。
良質なコーヒー産地は火山地帯に多く見られます。火山に囲まれた産地を多く抱えるコロンビアやグァテマラ、海底火山の噴火で生まれたハワイコナ、タンザニアのキリマンジャロ火山、ジャマイカのブルーマウンテンなど、有名コーヒーブランドは火山灰土壌という共通点があるのです。
火山灰は、有機質の豊富な腐植土やミネラル、浸透性の高い多孔質の土を多く含み、粒状構造が安定しています。言い換えれば、植物にとって土のやわらかさを保つため根を伸ばしやすく、透水性や保水性、排水性に優れています。そのため火山灰土壌は、コーヒーの木に十分な栄養素を継続的に多く取れる環境を生み出しているようです。
このように、農園の場所、その年の天候、土質などなど様々な自然条件が組み合わさって、コーヒーが生育します。
変化を伴うそれぞれの自然の恵みに逆らうことなくうまく適応し、持続可能な管理や技術を実行するのが人の行う生産活動です。人と自然の融合こそ、すばらしいカップとなる秘訣です。
コーヒーの栽培が難しい日本ではなかなかお目にかかれない、生産工程をここから紹介していきます。
種まき~苗づくり
コーヒーのタネは、パーチメントという殻がついた乾燥生豆を使います。播種の前に液体の有機肥料に漬けおきしてきます。
まずは、竹や木材などのローカル資材を使って播種のための苗床を作ります。
これに予め準備していた苗床用の土(砂のようにきめ細かい)に十分水を含ませ、タネをまばらにまいていきます。その上に土をかぶせ、しっかり押し付けていきます。
まいた種に十分水をやり、最後に直射日光や雨風にさらされないよう苗床を被覆して完成です。
コーヒーの種をまいた後、数週間から1~2ヶ月ほどでひょこひょこと茎が出てきて(種が押し上げられる)根が張ります。全体的に細長い感じでかわいい感じです。
葉が出る直前くらいに、苗床から苗をひとつひとつていねいに引き抜き、ポットに移し替えます。ポットには有機肥料を混ぜた肥沃な土をいれておきます。
ひとつひとつていねいにポットに移植した後は、タネの殻(パーチメントの部分)が割れて双葉が出てきます。
苗つくりは将来の生育を大きく左右します。日をあてすぎないよう遮光を行い、水分を切らさないようにして大切に管理されます。この間だいたい5~6か月ほど。
生産者自ら育種から行うケースもありますが、発芽が揃わなかったリ、管理が煩雑だったりもします。そのため、地域のコーヒー管理委員会や農協組織などから、すでに定植可能な良質な苗を買ってくるケースも多いようです。
植え替えから栽培管理
苗の高さが、だいたい20~30cmくらいに育ったらポットから出して圃場へ植え替え(定植)をします。ついに独り立ちです。
木と木の間隔は大体1~2mくらい、1Haあたり5,000~10,000本くらい植えられているのが標準的なようです。
あまり間隔が近いと土の養分の取り合いになったり、密集してくると収穫作業も大変になってきます。ですが、多くの農家は、多く収量を求め1m以下の間隔で密集させているケースも少なくありません。
コーヒー小規模農家の定義は、地域や国によって異なりますが、一般的には5Ha未満の栽培面積をもつ農家を指します。
種まきから約3年で成木(大人の木)になります。その間の収穫はなく、じっくり育てられます。この間の適切な施肥や病害虫管理が重要です。
初回収穫後の話ですが、コーヒーの木は、経年して枝が過密になったり老化したりすると、収穫量が減少します。
そこで、5年間隔くらいを目途に、樹勢をコントロールし、健全な成長と良質な収穫を促すカットバック(台切り)という木の株を切り落とす剪定技術が推奨されております。
この技術によって、収穫量の再生、病虫害の減少、栄養分配の最適化、樹木の長寿化など、所謂リノベーションが行われます。1年後にはまた収穫ができるようになります。
最終的に、樹高が高くなるほど収穫作業が大変になってくるので、だいたい1.8m以上に伸びないよう上部の生長点を剪定して調整します。
開花~結実
成木になった木には、3年目から枝に花芽がつきます。
花芽が成長すると、小さく真っ白なコーヒーの花が咲きます。ジャスミンのようなほのかな良い香りがします。
コーヒーの花の開花期間はとても短く、ほんの2~3日!
農園では、開花の時期になるとコーヒーの花が一斉に開花し、農園がまるで雪景色のように真っ白に染まると聞きます。とても幻想的な光景ですが、その美しさを楽しめるのはわずかな時間。2日後には、まるで雪が溶けるように散ってしまいます。なんとはかない・・・
わたしもコロンビアのさまざまな農園を訪問し、ところどころに咲いた美しい花に魅了されてきましたが、いまだに農園一面に広がる雪景色は見たことがありません。
この風景は、農園に住む生産者さんだけに与えられる年に数日間の特権なのでしょうね。
コーヒーの花が散ると、その後に緑色の小さな実がなります。その実はだんだん大きくなり、やがて黄色くなり、さらに熟すとオレンジから赤く変化していきます。完熟すると赤ワインのような真紅色になります。この間、約8か月ほどです。
品種によっては、完熟時の色味が、黄色やピンクのものもあります。ブルボン種やカトゥーラ種がこれにあたります。
手摘みした実の中を見てみると、一つの実の中にコーヒーの種が2つ、向かい合わせに入っています。しかし、枝の先にできたコーヒー豆の場合、種が一つしか入っていないことも。
赤く熟すと色や形がさくらんぼに似ていることから、「コーヒーチェリー」と呼ばれています。
農園に行く機会があれば、ぜひこの赤い実を食べてみてください。焙煎されたコーヒーの味からは想像できないような甘いフルーティな味がします。本来、コーヒーは果実ですから。
このタネ(コーヒー豆)を取り除いて果肉の部分だけを抽出して飲む「カスカラティー」もありますね。アイスで飲んだりしてとてもフルーティですよね。ちらみに「カスカラ」はスペイン語(Cascara)で「殻」を意味します。
収穫
コーヒーチェリーが完熟すると、いよいよ収穫作業です。
農家としては1年のうちで一番忙しく、最も人手のいる工程です。普段、栽培管理は家族だけで行っていても、収穫期になると毎日次から次へと実が熟してくるので1~2か月間はずっと毎日何十人もの人出が雇用され作業が行われます。
訪問客としては、農園が赤く映える収穫期がねらい目です。が、農家からするとスーパー繁忙期にあたりますので、留意しましょう。
コーヒーの実を収穫する際には、一般的に、「機械摘み」と「手摘み」の2つの方法があります。
「機械摘み」は、コーヒーを収穫する”はたき”のような専用の機械で、効率よく一気に摘み取る方法です。ただ、この機械はブラジルの大規模農園など平坦な土地でしか使用できません。
もう一つの収穫方法である「手摘み」は、文字通り、人の手一つで、ひとつひとつ摘み取っていく方法です。熟していないものも一切合切収穫していく機械摘みよりも丁寧に選別しながら収穫することができます。
コロンビアでは、コーヒー農園の多くが山岳地の勾配のきつい斜面であることから、収穫に機械を使うことはできず、人海戦術の手摘みが中心です。降り注ぐ赤道付近の日差しのもと、酸素の薄い標高(2000m級!)で、急な斜面での収穫作業は非常に過酷です。
そんなところで、完熟した豆だけを選んで一粒一粒、手間をかけて丁寧に収穫するコロンビア産のコーヒーは、文字通り農家さんの努力の結晶と言っても過言ではありません。
実は、とくにスペシャルティコーヒーを扱う農園主の多くは、良い「コーヒーピッカー(摘み手)」の確保が重要と言います。
良質でカップのすばらしいコーヒーのはじめの選別作業が、この「収穫による選別」だからです。
唯一収穫すべき完熟したコーヒーの実は真紅色ですが、未成熟のコーヒーの実は黄色やオレンジ色、薄い赤い状態です。しかし、完熟したコーヒーの実から取り出された生豆も、未成熟の状態のコーヒーの実から取り出された生豆も、いったん脱殻してしまうと見た目は全く変わらず、すでに選別はできなくなります。
しかし、この未成熟の状態のコーヒーの実から取り出された生豆が多く混ざるほど、コーヒーの味は確実に落ちます。また未成熟の実の将来もそこで終わってしまいます。
すばらしいカップのスペシャルティコーヒー市場を狙うなら、「どれだけ完熟したコーヒーの実だけを収穫することができるか?」が初めの関門です。
一粒一粒コーヒーの実の熟度を見極めながら丁寧に手摘みしていく必要を意味します。つまり完熟したコーヒーの実だけを摘み取るには、「高い技術」とそれ以上に「根気」「誠実さ」を必要とします。
ピッカーは日雇い労働者が多く、収穫量によって支払われる歩合制がほとんどです。消費者やバイヤーは、コーヒーの農園主の名前は分かっても、ピッカーひとりひとり誰がどう収穫しているのかは絶対にわかりません。
この光の当たらない厳しい収穫作業において、働く人の「信用」という条件が、品質を大きく支えています。
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このように、「奇跡の一杯」ができる初めの段階だけでも様々な人や自然条件が関係していることがお分かりいただけたでしょうか。
ここに書いたことは、ほんの一部です。一杯のコーヒーに詰まった奥深さに感動しながらいただくのも一興ですよね!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
次回は、まだまだ続く生産者のお話、「収穫後処理から販売まで」について書きたいと思います。この工程も、コーヒーの味をおーーーきく左右しますので、お楽しみに!