このブログ記事は、コーヒー農家への日本の協力-その1(帰還民編)の続きです。
その1では、紛争に巻き込まれて国内避難民となり、コミュニティに帰還した後の、コーヒー農家たちの生活再建に向けた日本の国際協力の現場活動について紹介しました。
その2では、紛争で被害を受けた農村女性たちのエンパワーメント・地位向上に向けた現場活動の様子を紹介したいと思います。
初めの部分は日本への要請までの背景で少し固めの内容なので、そこを飛ばして3の活動内容から読んで頂いても構いません。
その1(帰還民編)を読んでいない方は、ぜひそちらから読んでみてくださいね。
この記事に関心があると思われる人 ✓コロンビアコーヒーに興味のある人 ✓国際協力に従事する人、これからしたい人 ✓平和構築活動やジェンダー問題に関心のある人 ✓小規模コーヒー生産者の背景について知りたい人 ✓コロンビアコーヒーを売っている人 |
コロンビア和平合意への協力
2016年サントス元大統領と最大左翼反政府ゲリラ組織(コロンビア革命軍-通称:FARC)との間で、実に50年以上続いた紛争を終結させる「和平合意」が結ばれました。
その中身は、以下の6つの内容が記載されています:
①総合農村開発
②政治参加(FARCが正式な政党となる)
③戦闘行為の終結と戦闘員の武装放棄
④麻薬関連問題の解決
⑤被害者補償と移行期正義
⑥実施と確認メカニズム
和平合意からすでに8年が経過し、項目によって一定の成果も上がったものの、予算不足、現場活動の効率・効果の低さ、など様々な制約もあり、全ての合意事項の履行の進捗には差があります。
特に、広大な国土を有し、まだ別の様々な武装組織・犯罪グループが存在する地方遠隔地においての治安維持や法の支配、被害者補償の推進が極めて遅れています。
つまり、地方部における「①総合農村開発」が大きな課題になっています。
いつまでも解決できないと、コロンビアの持続的な平和定着が困難になり、紛争再発のリスクが高まってくることも考えらえれます。
そこで現職であるグスタボ・ペトロ大統領は、地方強化・平和構築政策(「全面平和(Total Peace」)にあわせ、地方農村開発予算を、2024年度は前年度比にして3倍以上増やしました。
そこでコロンビア政府は、和平合意第一項(総合農村開発)を効果的に履行推進するために、紛争影響地の農村開発事業強化を目的とした新しい技術協力を、日本政府に要請しました。前回の記事(その1)を含め、これまでの日本の平和構築に対する協力実績も評価されての要請です。
日本政府は、和平合意の履行を推進する要請を受理し、技術協力プロジェクトを採択しました。
コロンビア政府が採択した農村開発案件リストの中から、紛争影響地で被害者を含む事業を選定して実証事業を行い、支援制度の改革から和平合意推進を目指すこととなったのです。
わたしは、日本で遠隔で新規プロジェクトの計画立案に携わり、2021年後半からプロジェクト運営管理のために再びコロンビアに派遣されました。
脆弱層としての農村女性
コロンビア紛争においてより大きな被害を受けたのは、主に地方の零細農民、特に、農村女性や子ども、先住民や黒人、ジプシーなどのマイノリティと言われています。武装グループなどから狙われやすい脆弱層がターゲットになったのです。
ラテン社会では、伝統的に「マチズモ」という男尊女卑思想が根強く、農村社会では特にその傾向が強かったとも言われています。
それ故、女性の社会進出が遅れていたり、家庭での意思決定に関与できなかったり、幼少期に教育を受けれなかったリ、様々な点で差別される対象となってきたました。
現代において、わたしがコロンビア農家を訪問する時は、女性が明らかに差別や抑圧されているということは感じませんが、紛争時代には困難があったという話はよく聞きました。
2024年7月政府統計(Unidad de Victimas)の公表では、公式な被害者登録数だけでも、全紛争被害者が約1000万人に迫っています(コロンビア人口は約5000万人)。
そのうち、女性被害者は約500万人、18歳未満は約200万人、マイノリティは約200万人という統計が出ています。
国連の定めた持続的な開発目標(SDGs)など、「誰ひとり取り残さない」世界を目指しており、女性の地位向上や格差是正などのジェンダー問題も、「ゴール5」に目標課題のひとつにフォーカスされています。
このような潮流もあり、コロンビア政府も特にこれらの脆弱層、特に農村女性たちへの支援や地位向上を優先的に推進しています。
ちなみに、最近のコロンビアでは、女性を大切に扱うスイートな男性が多いです。特にボゴタなど都市部ではレディファーストが徹底されている気がします。エレベーターなど女性がいる場合、大方の男性は先におりません。日本男児も見習わなければなりませんね!
コーヒー生産者の農家女性の自立に向けた協力
さて、話を日本の協力活動に戻します。
協力プロジェクトでは、紛争影響が特に激しかった政府の指定都市(「ZOMAC」と呼称)であるキンディオ県ヘノバ市の女性コーヒー生産者グループを対象として、実証(パイロット)事業のひとつに選びました。
この事業サイトでは、紛争被害者約3割を含む154名の女性コーヒー農家が、生産・流通改善を目的とした政府支援事業に参加していました。
参加者の背景は、近県紛争地から避難してきた女性、DV(ドメスティック・バイオレンス)被害にあった女性、アフロ系女性移民、紛争で夫を亡くしたシングルマザー、紛争を耐え忍んで昔より住み続けてきた零細農家女性など、多様でした。
ヘノバ市は、90年代に紛争が激しかったのですが、現在は安定を取り戻しています。紛争被害者ネットワークなどもあり、行政サービスも充実しています。
それ故に、戦闘や麻薬栽培などが今もなお続く隣県からの国内避難民や移住者が多く(ベネズエラ難民も多い)、困窮家族の受入れコミュニティとして機能しています。
ヘノバ市での「農村女性対象の支援事業」は、政治的・社会的に注目を浴びていました。
しかし、政府が支援を条件に即席に立ち上げられた154名の女性組合は、理事会とそれ以外のメンバー間のコミュニケーションがなく、目的意識も異なり、物資支援を得るだけに寄せ集まったペーパー団体でした。
コーヒーの生産資材(肥料など)や精製機材などの供与を個別に受け取っていましたが、特に生産者組織として機能していなかったのです。また、事業目標とされていた、脆弱層である参加者女性たちの収入向上や社会的包摂、自立などにもつながる活動はありませんでした。
わたしがコミュニティ入りしたころの基礎調査では、女性グループで事業を興したいというニーズが浮かび上がりました。生活の改善につながるような共同活動に関心を持つ女性が意外にも多かったのです。
もともと資機材をもらうだけでなく、自分たちのコーヒーを通じた事業をやってみたいという要望があったのですが、組合会合などコミュニケーションの機会がなく、話し合う「場」がなかったのです。
いくども議論を重ねた結果(みなさん自己主張も強く、やりたい方向性がなかなか合わず、合意形成に苦労・・・)、58名の共通目的をもつ女性たちが新たな組合を設立し、共同事業を行うことに合意しました。
新組合では、各組合員がしっかり選別した高品質のみのコーヒー豆を一定量組合に納め、焙煎豆として販売しました。初年度の売上金は、組合員への貸付を行うための基金として積み立てることとしました。
日本の協力としては、はじめにコミュニティを良く知る現地の女性スタッフを短期雇用しました。この女性も家族を失った経験をもつ紛争被害者です。
このスタッフを通じ、組合内規の策定、基金の積立や貸付ルールの整備、品質管理等の能力強化研修などを支援しました。また、集荷したコーヒー豆の品質を統一するために、計量器や水分計を組合向けに供与しました。
これらの活動により、販売用のコーヒーの品質維持や能力強化を図り、女性たちの自立的な活動の仕組みづくりを整備しました。
ある日、組合長(下写真左)から、販売する焙煎コーヒー豆の名前を考えてくれないかと相談されました。
そこで、日本の協力と女性らしさを合わせ、さらにヘノバ市コーヒーの特徴である上品で華やかな味わいをイメージした「Sakura Coffee」はどうかと提案したところ、みなさんとても気に入ってくれました。
コロンビアでは、毎年6月27日を「国内のコーヒーの日」と定めており、各都市で生産者単位での品評コンテストや販促イベントが行われます。この日に、市長や市のコーヒー委員会の協力も得て、「Sakura Coffee」のお披露目を行いました。これに合わせて制作したブランドデザインや販促資料も一緒に公開しました。
すると、組合として出品した「Sakura Coffee」は、その年(2023年)の市のコーヒー品評会で見事優勝!
さらに、翌年2024年の品評会でもこの組合員から2名の入賞者(1人は優勝!)が出ました。
この活動に、県や市、コーヒー生産者連盟、マスコミなど多くの地域機関が興味を示し、協力や連携の輪が一気に広がりました。地域ブランドとしても「Sakura Coffee」をヘノバ市の特産品として売り出そうという動きが出てきたのです。
協力の最後の活動として、組合員女性19名を選抜して、その1で記述のラ・モレナ村への2泊3日の合宿研修を企画しました。環境保全型農業技術・社会的包摂・女性の起業活動などの能力強化がテーマです。
紛争被害者として援助受益者だったラ・モレナ生産者組合が、今度は講師となって、他の紛争被害者に技術研修を行ったのです。
女性参加者たちは、
「自然にやさしい有機農法や技術を学び実践しようと思った」
「コミュニティでの信頼関係の大切さを学んだ」
「販売管理手法を学んだ」
「寝食を共にして参加者間の結束が強まった」
などコメントを残しました。以下の写真は技術研修の活動の様子です。
家庭や農園で多忙でも、みんなで集まること自体を楽しんでいる農村女性たちの活動参加率は常に高いです。
ヘノバ市の顔となりつつある、自分たちの「Sakura Coffeeブランド」への愛着から、地域や組合への誇りや自尊心の発現にも繋がっています。
設立から1年後(日本の協力終了時)には、組合加入者も82名に増え、Sakura Coffeeの売上金から、50万円相当の組合基金が積み立てられました。
翌年から貸付を解禁する女性たちの資金利用目的を聞くと、コーヒー生産・精選機材の購入、子どもの教育や医療費、冷蔵庫などの家庭用品の購入などに加え、観光地サンタ・マルタビーチへの旅行を夢見る女性もいます。
※協力プロジェクトで制作した当事業の紹介動画(英語字幕)があるので、ぜひご覧ください!
国際協力の現場に従事して思うこと
コミュニティや農村開発の仕事をしていると、支援対象の男性は経済性(生産性や収入向上)、女性は社会性(参加や学習)、といった目的に対するインセンティブが強い傾向がある気がします。
コロンビアのコーヒー農家女性の多くは本当に明るくよく笑うし、尻に敷かれている夫も多く見られます(笑)。女性が元気なコミュニティは、創造性や活気があって未来は明るいですね。
それでも、やはり紛争被害を経験している人たちは、心に傷を負っていて、みな例外なく過去を引きずっています。普通に話していると微塵もそんな暗さを感じないのですが。
女性が元気だといっても、シングルマザーや一家の主として、家族の責任を負っている方も多く、コーヒー農園での仕事と家事の両立は楽ではありません。
それでも、コミュニティの中で一緒に話をする仲間がいて、自分の居場所があって、自分たちの仕事や商品を喜んでくれる人がいる、という女性たちはとても幸せそうです。子どもたちも、そんな母親を見て育っているので、とても素直で親孝行が多い気がします。
わたしたちもこのような背景をもつ女性農家のコーヒーを飲むと、また違った味わいを感じるのではないでしょうか。
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その1の冒頭に書いたとおり、開発途上国での仕事というのは、われわれ外国人にとって完全アウェーです。
政府役人の同僚たちも、もちろん支援対象者たちも、日本人のように約束はしっかり守られないし、仕事も進まないことばかりです。日本人ばかりが働いて空回りしていることも多いです。
それでも、現場に行くと、コーヒー農園の自然や空気、農家さんたちの温かさに癒されます。どんな苦労やつらいことがあっても、もうひと頑張りできるのです。その積み重ねですね。
空回りしている日本人を、農家さんたちは現地のお役人さん以上に信頼してくれることもあります。
だから、一緒に仕事を続けていると、アウェー感がだんだん「ホーム」になってきます。
コロンビアに限りませんが、信頼関係ができてくると、毎度のように「ここはあなたの家だから、好き勝手に使ってくれ」「次はいつ来るんだ?」などと言われるようになります。
朝からわざわざ捌いたニワトリを一匹料理して、てんこ盛りの田舎メシを用意してくれます。どんなに貧しくても1ペソも受け取りません。
ここは老若男女問わず、理屈なき「アミーゴ(友達)社会」です。
現地の人たちからは、活動を通じてたくさん日本人から学んだ、生活も変わったと、協力への感謝を頂きます。
でも、わたしたちの方こそ、常に多くを学ばせてもらっているし、日本人が持っていない大切なものに気づかされます。まだまだ、自分が与えるより多くのものをひとりひとりから頂いていると感じます。
そこにお互いの「希望」が生まれます。紛争からの復興支援には特に大切なものです。
援助業界の中で、資金や物資・研修だけを提供する他の国際機関と異なり、現場で一緒に汗を流しアミーゴになって「人間開発」にアプローチするのは、とても非効率だけど、日本らしい、誇れる協力方針なんだと思います。
日本は、コーヒーをはじめ多くの食糧や資源を外国からの輸入に依存しています。国力の衰えとともにODA不要論も理解できますが、できる限り助け合っていきたいですよね。
国際協力に限りませんが、より多くの日本人が海外の真のアミーゴを増やしていくことを祈っています。
今回も、最後まで読んでいただきありがとうございました!